"その時"への工作(2)        

 

 

「・・・一体、何を考えている?」

部屋に入ってくるなり、母はそう言って手に持った鞄の中から大儀そうに一つの紙袋を取り出した。受け取ると予想以上にズッシリと重い。
中身は見ずとも明らかだった。例の「罰ゲーム」に使用する”ブツ”が届いたのだ。

「ご苦労だったな」
チップを二枚差し出すも、彼女は「いらん」と突っぱねた。ポテトチップスは好きでなかったようだ。
「あんな恥ずかしい思いは初めてだ。もうこりごりだ」
「判ってるさ」
”ブツ”を袋から取り出し、床に並べてみる。――壮観だ。最初この「罰ゲーム」を思いついた時は、正直ちょっとヌルいかなとも考えた。しかし、実際に現物を目の前にしてみるとその迫力に圧倒される。
日常で見慣れてるはずのものが、これだけの量集まるとここまで違って見えるものなのか。
「”枚数”は間違いないんだろうな?」
「心配だったら自分で数え直すことだ。電卓ならあるぞ。貸すか?」
「・・いや、いい」
こちらが正確な数を把握しておくに越した事はないが、どうせそれを罰ゲーム該当者に伝えることはない。
頑張って1から数えてもらってこそ、この罰ゲームに意義があるのだから。
これで準備は出来た。

人差し指で押し開いたブラインドの隙間から窓の外を眺めながら、母は呟いた。「それを余興で使うと聞いたが・・・大丈夫なのか?」

ブツを仕舞った箱をガムテープで念入りに封印する。この重さをUSJまで運ばねばならないのかと考えると少々気も重くなる。今回はリュックで行く事にしよう。
「大丈夫とは?どこに何の問題があるというんだ?我らがやろうとしていることは一般社会で誰もが日常的にやってる事だ」
「勿論そうさ。ただそれが常識の枠内である限りは、な」

彼女の言葉を少し考えてみる。
確かに今回のこれは「数」が少しばかり常軌を逸している。だがそれだけだ。やる事は結局、いつもやってる事。社会人として当然の義務を果たすに過ぎない。
行為そのものだけ見ればむしろ「幸せなこと」であるとも言える。
しかし彼女は言葉を続ける。

「相手には、受け取り拒否する権利があるんだ」

慄然とした。
そうだ。重要な事を忘れていた。違法ではないにしろ、これは”先方”にとって明らかに迷惑行為・・・ならば当然「拒否」する事も法で認められている。

――電話での確認が必要だ。

「まあ、なるようになるさ」
なってもらわねば困る。全ての準備が台無しになる。

 

 

 


前夜        

 

 

9日。

折りしも日本列島は猛烈な台風22号によってなすがままに蹂躙されていた。
行き先の大阪も、ここ岐阜の地も、すでに暴風域は過ぎ去り穏やかなものだったが事態は深刻だった。

東海道新幹線全線停止――せっかく仕事を早めに切り上げて羽島駅まで駆け付けたというのに、乗るべき列車が来ないことにはどうしようもない。
今回の参加者の中に、自他共に認める「嵐を呼ぶ男」SYO氏と「究極の晴れ男」松下氏がいる。SYO氏が広島から連れてきた台風が、富山から南下する松下氏を避けて関東地方へ抜けた形となった。
結果、新幹線が静岡で足止めを喰らった。・・・まるで私の大阪入りを阻むかのように。

神は私の策謀をお許しにならないのか・・・?

指定席で取ったチケットは諦めるしかない。窓口で払い戻しを受け、絶望的な気持ちでいつ来るやも知れぬ臨時便を頼りにプラットホームに立った私は、程なくして構内に滑り込んできた新幹線を見て目を疑った。
「岡山行き」

・・・これに乗って行けばいいんじゃないのか?

まったく予期せぬ展開だったが、結果的に当初の予定より一時間ほど早い新幹線に乗れてしまった。
これなら殆ど諦めていた前夜祭(既に合流しているSYO氏・松下&えがどんコンビ・Zou−さんとの酒宴)も予定通り参加できそうだ。

――神は私の味方だったようだ。もっとも神は神でも「死神」の方だが。

 

 

 

 

和やかに酒宴を終え、ホテルに戻った私はさっそくZou−さんの部屋を訪ねた。
明日の本番に備えて最後の”仕込み”の為だ。

「まさか本気だったとはな・・・」
ベッドの上に並べられた”ブツ”を見て、半ば溜息混じりに彼女は呟いた。
「呆れたか?」
「相当にな」
それでも現物を見て静かな興奮を抱いているのは目を見れば判る。所詮、彼女も「同類」なのだ。
この話を打ち明けた時「常人の考える事ではない」と断じながら、しかし”ブツ”を入れる「$袋」の製作を自ら名乗り出てくれたのもまた彼女自身なのだ。

「じゃ、始めようか」

封を切り、中身をぶちまけ、両手で攪拌、そして袋の中へ。
地味な作業が延々と続く。しかし滅多に経験できないこの手触りと重量感に、一種の陶酔すら感じる。

 

――明日、これを見た彼らはどんな顔をするかな――

 

・・・良い宴になる。
明日は我が生涯にとっても忘れ難き記念日となるだろう。

そんな確信があった。

 

 

 

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