第五章
【塗装の流れ】
〜自動車塗装の種類とその作業手順〜

 

鈑金が終わった患車は、その部分の塗膜がサンダーで剥離されて鉄板がムキ出しになっている。当然その鉄板も工場でプレスされたような表面ではなく、ハンマー目やスタッド・溶接による焼き跡で荒れている。
そこから新車のような状態に戻すには、まずツルツルのお肌になるよう的確な下地処理を施し、元々その車に塗装されている色と同じ色を塗り直さなければならない。
この塗装工程を経て、初めて自動車鈑金の仕事は完成と相成る。鈑金だけでは成り立たないのだ。

塗装という仕事は実にシビアである。
例えば鈑金の場合は、前の工程で上手くいかなかったり手を抜いたりした部分を、後の工程である程度フォロー出来る。例えばフレーム修正で正確な位置まで戻ってなくても、パネルを取り付ける時にボルト穴や溶接の位置をズラすことで補正がきく場合がある。
しかし塗装にはそれが出来ない。全工程、一つ一つが確実にクリア出来てないと、後で必ず何らかの不具合が出てくるのだ。パソコン作業のように「戻る」ボタンで簡単に後戻りも出来ない から、不具合が起こればほとんど最初からやり直しだ。
一瞬たりと気の抜けない精密な世界なのである。大雑把なTACには死ぬほど向いてない職業だ。

 

多くの人は知ってると思うが、自動車の塗装には塗膜の構成によって様々な種類がある。
大きく分けると、まず塗膜が幾つので形成されているかの違いで「1コート」「2コート」「3コート」の三種。1コートは後述する「ソリッド」の1種しかないが、他の二つには更にその中で幾つかの種類に分類される。
一つ一つ見ていこう。

 

【1コート】
文字通り、塗膜がカラーベース(塗料の層)一層のみで構成されている。昔の車には多かったが、今では殆ど見かけない。
ソリッド 混ざりモンが無い、いわゆる「フツーの色」。黒とか白とか黄色とか。
1コートソリッドは表面がいきなり塗料層なので、コンパウンドで磨くとウェスにその色が付着するので判別できる。まあ、昔の安い車用だ。
ちなみに巷で言う「マット塗装(ツヤ消し)もこれに分類される。(上にクリアとか塗っちゃったらツヤ消しにならんから)
【2コート】
表面にクリア(透明塗膜)が塗ってある二層構造。塗装工程が一回多い分、当然ソリッドよりチョット高い。
クリアはツヤ出しの他に保護の役割もあるので、クリア層内で留まった浅い傷ならコンパウンドによる磨きでカンタンに復元できる。
2コートソリッド 上記のソリッドの上にクリアを塗ったバージョン。現在におけるソリッドと言ったら大抵コレ。
ツヤがあるという以外に見た目はあまり変わらんが、クリアで保護されてる分だけ色相の経年劣化が少なく傷付きにくい。
メタリック 現在出回ってる車で比率的に一番多いのがコレ。シルバーとかゴールドとか他いろいろ。
カラーベースの代わりにメタリックベース(顔料に混じってメタリックパウダーというアルミの粒子が入ってる)を塗り、その上をクリア層で覆う。
2コートパール 基本的にはメタリックと同じ塗り方だが、メタリックベースの中に「パールコンク」と呼ばれるちょっと特殊な光沢の粉末を混ぜて塗る。その分、メタリックよりちょっと高い。
マジョーラ カスタム用特殊塗料。見る角度によって色合いが劇的に変化する特殊なカラーベースを配合してある。
他の塗料など問題にならんほどお高い。ウチではあまりやらん。つか、やりたくない。
【3コート】
クリア層とベース層の間に、もう一層が追加された三層構造。塗装工程がさらに一回多い分、値段も大体高め。
そもそもパール以外の3コートは全てカスタムペイントの領域なので、一般人にはあまり馴染みが無かろう。
パール 一般的に呼ばれる「パール」とは、この3コートパールのことを指す。文字通り「真珠」のような美しく奥行きのある光沢が特徴。かつては”高級車の色”というイメージがあったが、最近では軽自動車でも採用してるのが多い。
最下層のカラーベース(大体は白系)の上に透明度が高いパールベースを塗り重ね、最後にクリアで閉じ込める。
パールを塗り重ねる回数やカラーベースの色がちょっと違っただけでもかなり完成色が変わってくるので、調色・ボカシ塗装ともに難易度が高い。TACは大嫌い。
キャンディー 車よりむしろバイクに多く見られる塗装法。理想的に施せば、かなり奥行きを感じさせる高級感溢れる仕上がりになる。
最下層にメタリックベース(大体はシルバー)を塗り、その上に透明度が高いキャンディーカラー(色が付いたクリアだと思えばいい)を重ねる。仕上げはクリア。
当然キャンディーは塗り重ねれば重ねるほどに濃くなっていくので全体的にムラなく塗るにはかなりの技術を要する。TACは大嫌い。
フレーク メタリックパウダーよりはるかに大きい(粒子の一つ一つが視認可能)ギラギラ光るアルミの粉末が入っている塗装。最近はあまり見ないが、昔のカスタムカーにはよくあった。
フレークはベースに混ぜて塗ることは出来ない。殆どが埋没してしまい、偶然表面に浮いた粒子しか見えないからだ。だからまずベースの塗装後、ミキシングクリア(他の塗料に混ぜて使う 透明塗料)にこのフレークを混ぜて重ね塗りをし、クリアとの間にフレークだけの層を作る必要があるのだ。(量はお好みで)
「異物」には違いないので、仕上げのクリアは相当厚みを持たせないと表面がザラザラになるし、塗装に使ったガンの手入れにも気を遣う。TACは大嫌い。つかウチではあまりやらん。やりたくない。
メーカーによって名称は違うが、光の方向により鮮やかな7色に変化するプリズマテックと呼ばれる特殊なフレークも存在する。
エアブラシ 実はエアブラシもこの3コートに分類される。クリアとベース(下塗り)の間に「絵」が挟まってるワケだから三層なのだ。
ただ、この中間層の描画にかかる時間が他のパールやキャンディーに比べてもハンパなく長いので、当然工賃で割高になる。画家に依頼して絵を描いてもらうのと基本的にやってるコトは同じだから、そこはカンベンしてもらいたいものだ。(プロの画家が半年くらいかけてじっくり描いた絵を参考に、一週間かそこらで似たレベルまで模写しなきゃいけなかったりするわけだからそもそも無茶な話だったりする)
よく「ボンネット一枚いくら?」とか聞かれるが難しい質問だ。絵の内容や、カラーかモノクロかによって所要時間がピンキリだし、全く一概には言えないのである。同じ面積で3コートパール塗装した金額がまず最低ラインで、その上にどれだけ絵に時間が掛かったかの工賃が上乗せされるのだからある程度の覚悟は必要。(百鬼夜号のような全体びっしりレベルはほとんど狂気の沙汰←自分でゆーな

 

黒・紺のような濃彩色は汚れが目立たない代わりにホコリや傷が目立つ。白のような淡彩色は水垢が目立つ。
どちらもマメな洗車・ワックスなどメンテナンスを怠らなければ大変美しい状態を維持できるが、それが無理な雑なヒトはシルバー系のメタリックをオススメする。
もしくは全体びっしりエアブラシだ。百鬼夜号なんか、鳥の糞すら目立たないぞ。

 

――あ、そういえば忘れてたが、塗装に使われる塗料にも、ラッカー、ウレタン、エナメルなど種類がある。
が、ここではメンドくさいので詳しく説明しない。まあせいぜい安いか高いか、1液か2液か、一般的なシンナーで拭いたとき溶けるか否か、くらいの違いだ。見た目はそう変わらん。
地球環境問題にも配慮した水性塗料というものも最近登場したが、高温多湿な日本では取り扱いや保管が難しい上に、専用ブースなどの設備投資に半端ない金が掛かる。一般的な町工場に普及させるにはまだまだ超えなきゃいけないハードルが多過ぎるように思う。
ちなみに勘違いしてるヒトも多いが、自動車塗装で使う「水性」塗料は、別に絵の具のように水道の水をジャバジャバ入れて使えるワケではなく専用の希釈用媒介(イオン水?)が必要。ちっともお手軽ではないぞ。
だいたいVOCは減らせても、強制乾燥必須だからヒーターでガンガン炙ってCO2増やしてたら意味ねーんじゃねーの?

 

 

 

塗装作業の全体的な流れは以下の通り。

 

【1】下地処理
サンディング
パテ盛り→パテ研ぎ
サーフェーサー塗装→中研ぎ

【2】塗装
調色
マスキング
塗装
乾燥

【3】磨き
ホコリ除去
ポリッシング

 


第六章
【パテ研ぎとサーフェーサー処理】
 

 

まず最初にやるのはサンディングである。
サンディングとはサンダーで削る事であり鈑金箇所の塗膜剥離で既にやってるコトだが、ここでのサンディングはフェザーエッジを作ることが目的である。
フェザーエッジとは文字通り、「羽毛のような縁取り」。つまりオービタルサンダーやダブルアクションサンダーなどを使って、剥き出しの鉄板と塗装面の境目を段差のない平らな状態に均すのだ。サンダー目が羽毛のように見えることからこの名が付いた。

 

で、いよいよパテ盛りだが、知らない人のために簡単なパテの説明をすると――

・・・メンドくさいからとりあえず実物を見れ。

←こんなん

缶の中には白いトルコアイスのような主剤。上に乗ってるチューブが硬化剤。 この2つでワンセットである。
この「2液反応タイプ」のパテが現在の主流だ。

この主剤は硬化剤と混ぜることによって化学反応を起こし硬化する。これを固まる前に鈑金箇所に盛り付け、固まってからサンドペーパーで研ぎ下ろす。
こーすることで、鈑金では直りきらなかった細かな歪みや傷を埋めるのである。
百鬼夜号でやってみよう。

 

 

それぞれ100:2の割合でヘラを使って混ぜ合わせる。
分量の目安としては、主剤をゴルフボール1個分に対し、硬化剤はチューブから2cmくらい出した分。・・・うん、よーするに割とテキトーだ。

 ねるねる

混ぜ始めた瞬間からパテは固まり始める。
手早く鈑金箇所に盛り付け。

フェザーエッジからはみ出ないように

最初はしごき付けといって、細かな穴や溝がキチンと埋まるようヘラを立て気味に強めに擦り付ける。後の塗装にも言えることだが、層の中に空気の穴(素穴)を閉じ込めると後々厄介なのである。だから空気を押し出すようにしごき付けるのだ。
その上からもう一度、厚みを持たせるよう盛る。

 

ちなみに、パテにも鈑金パテ・中間パテ・ポリパテなどの種類がある。違いは前者ほど厚盛りが可能だが素穴が出来やすく、後者はキメが細かい代わりに硬化後ヤセるので厚みを持たせにくい。
使い分けるというか、盛って研いでまた盛って・・・と、順番にパテを変えながら表面がツルンとなるまで繰り返す。 鈑金の状態にもよるが、患部が欠損しててパテだけで形を作らなきゃならない場合を除けば、中間パテ以降で何とかなる。
ちなみに「カービニ本部落」とかナントカいう某チェーン店では、紫外線ライトを照射する事により硬化する「紫外線反応式」の新型パテを使ってるそうな。よく知らんけど。

 

硬化は化学反応なのでほっといても完了するが、時間短縮のためヒーターで加熱する。だいたい5〜10分くらいでカチカチになる。
一回目の鈑金パテは♯80くらいでオービタルサンダーなどを使ってザクザク空研ぎするが、ウチの場合基本パテは水研ぎ。♯150→♯400→♯800→♯1000以上と、徐々に目の細かいサンドペーパーに変えながらツルツルになるまでパテを研ぎ下ろす。

ところで前の章でハイテン鋼板の根性の無さに散々文句をタレたが、なんとこの鋼板パテにも弱い。

パテは硬化の際、化学反応により自身も発熱する。そして少なからず体積の収縮(ヤセ)が起こる。
このパテの熱と収縮により、薄いハイテン鋼板はカンタンに歪みが生じてしまうのだ。せっかく鈑金したのにパテで歪み→もう一回り広めにパテ盛り直し→また歪み→(以下エンドレス)と、何度泣かされたかわからん。
だからハイテン鋼板に対応するべく発熱と収縮を出来るだけ抑えた「ハイテンパテ」とかも開発されているが、正直使い勝手はイマイチと言わざるを得ない。
まったくもってメーカーどものやるこたぁ(以下略

とりあえず百鬼夜号のドアのパテ研ぎは完了しました。

 

 

次はこの上からサーフェーサーという下地塗料を塗る。
下地処理に欠かせないこのサーフェーサー塗装は、

(1)色を塗る前に下地の色を均一化する
(2)塗料の食いつき(定着性)を良くする
(3)パテの素穴や研ぎ跡を埋める

などの様々な役割を持つ重要な作業である。

 

これも2液性。主剤に硬化剤を混ぜ、専用シンナーで希釈してスプレーガンで塗装。
色は白か灰色が一般的だが、この後に塗る色の隠蔽性によってはその近似色を少々混ぜる場合もある。(止まりが悪い色だとサフが見えなくなるまで塗る回数が増えるから)

パテ処理がカンペキに出来たからと言って、このサーフェーサー処理を飛ばしてはならない。
なぜならパテはああ見えて結構吸水性があり、上に直接塗料を吹き付けても吸い込んでしまうので、パテの際(きわ)や研ぎ傷がそのまま表面に浮かび上がってしまう。
だから水を通さない固い膜で完全にパテ部を覆い、かつ塗料を確実に密着させる、カチッとしたサフの層が必要なのだ。

サフが乾いたら水研ぎだが、その前に表面をよく見てみよう。
サフでも埋まりきらなかった素穴・際・研ぎ傷がまだあるかもしれない。最後の最後でそれらをカンペキに埋め消してしまうための専用パテがある。
ステップパテ・・・通称「傷拾いパテ」だ。

薄〜くしごき付け

これはチューブから出してそのまま直接ヘラで付けられる速乾性のパテ。キメが細かいので針の穴のような素穴やペーパー跡も埋まる。
乾いてから♯800以上のサンドペーパーで水研ぎすると、その殆どが研ぎ落とされて無くなってしまうが、滑らかになったサフの表面のあちこちに小さな点や細い線の形でステップパテの色が残っている。それが最終的に埋まった素穴・傷の跡だ。

これで一応下地処理は終わりだが、万全を期すためにもう一回サフを塗っといた。

これをもう一度、最終的に水研ぎしてやっと本番の「塗装」準備完了である。

 


第七章
【神の領域――調色から塗装まで】

 

 

皆さんの中にはひょっとして・・・・・「自動車の色って、それぞれメーカーで予め調色された塗料パッケージカラーという)がビンか缶に入って売っていて、それを買ってきて塗るんじゃないの?」と思ってる人も多いのではないだろうか?
とんでもござらん。
あの色はその都度、我々塗装屋が色んな塗料を混ぜ合わせて作っているのである。

だいたい、同じ車種・同じ色の車とてその保管状態や経年数によって個体毎に微妙な色相の差異が生じるし、ひどい話――ロールアウトしたばかりの同色・同車種の新車ですら、製造された工場が違えば既に色が違う場合もある。 バンパーとフェンダーの色が違うなんて結構ザラだ。
パッケージカラーの存在などあまり意味が無いのだ。

 

そう、色は自分で作るものである。
それも今目の前にある、お客さんの「現車」に合わせなければならないのである。

 

 

自動車の色は、実に120種を超える”原色”の中の何色かを、コンマ数g単位の微妙な配合で調合し、作られている。

←原色の皆さん

これらの原色は、絵の具のように「赤」「青」「黄」などカンタンな名前で分類されているワケではない。
例えば「赤」だけでも、シンカシャレッド、シグナルレッド、サンレッド、ブライトレッド、インディアンレッド、メジアムレッド、ロブスターレッド、ベネチアンレッド他。「青」なら、オリエントブルー、スペシャルブルー、スレンブルー、コスミックブルー、マザリンブルー、リッチブルーなどなど、系統毎にものすごい種類がある。
前述したメタリックベースパールコンクにも膨大な種類があるし、その他にもボカシ剤透かし(斜めから見た色合い)を白くするための添加剤などもある。

これらの組み合わせによって作られる色のパターンは当然無限大。一筋縄ではいかないのがこの調色の世界なのである。

 

 

 

では具体的にどういう手順で調色するのか見てみよう。

自動車の色は、それぞれにカラーコードと呼ばれる識別番号が振られている。メーカーによって多少異なるが、概ねアルファベットと数字による3桁のコードだ。
調色の第一歩は、車のどこかに表記してあるこのカラーコードを探す事から始まる。

カラーコードは多くの場合、車台番号やエンジン型式と共にコーションプレートに刻印してある。
コーションプレートはエンジンルーム内にリベットで取り付いてるか、助手席側ドアを開けたところのピラー(柱)付近にシールで貼ってある。しかし外車などはトランクの内側だったり、そもそもコーションプレートが存在しなかったりと、カラーコードを特定する事から既に大仕事だったりする。

 

カラーコードが判明したら、その色の配合表を探す。
配合表とは塗料メーカーが独自に発表している各色の見本帳のようなもので、裏面に「その色にはどのような原色がどれだけの割合で配合されているか」を示した数値表が記してある。大抵は色毎に、最初から 数パターン用意されている。
もちろん3コートパールの場合は、最下層のホワイトベース、中間層のパールベースそれぞれに別の配合表がある。

明るい照明下で実車の車体の色と照らし合わせ、一番近いと思われる色のシートを選択。
例えば、トヨタのシルバーメタリック(カラーコード:1CO)の場合、シート裏の配合表はこんな感じ。

(M.はメタリックベース)

原色名の後に書かれてる数値は、作る塗料全体を1000とした場合の、その原色が占める重量比。
(9割以上を2種類のメタリックベースで占め、あとは少量の黄系が添加されているのが判る)

このような配合表を参考にしながら、ライトスケールという計量器にセットした調色用塗料カップに該当の原色を順に混入していくのである。

入れすぎないよーに慎重に

もちろんこのスケールは台の上を風が吹いただけで針が振れるほど高精度のもの。最初に作る分だけの「必要量」を入力しておけば、色毎に配合比から実重量を計算で割り出し、0.01g単位で表示してくれる。
しかも最近のは無線LANでパソコンと接続することにより、塗料メーカーのサーバーにアクセスして最新のデータを自動的に引っ張って来れるのだ。もはや配合表も要らなくなってきた。

 

 

 

 

・・・・・さて。

ここまで聞くと、調色なんて配合値も完全にデータ化されてるし、便利な機械使って手順通りやるだけだから素人でもカンタンに出来るぢゃ〜ん☆とか思ってません?
思ってるだろうこのオツケモノめが。

バカヤロウそんな単純な世界ぢゃねーんだよ。
確かにココまではやり方さえ知ってりゃ誰だって出来るよ。でもヤリ方知ってるからってSEXうめーとは限らんだろが何様だ俺。

 

調色はこっからが本番なのだ。
こっから先は、知識と経験を積んだベテランのみが到達できる神の領域なのだ。――俺?登山に例えるなら麓にも辿り着いてません。

実は配合データって全くアテにならんのだわ。
細心の注意を払って誤差0.5g以下にデータ通り配合しても、実車どころか表のシートとすら色が合ってねぇ事もある。ナンなんだよテメーはよーこの配合表作ったヤツちょっと来ーーい。そこに正座して目ェつぶって歯を食いしばれーい。ボデー食らわしたるー。(ホントそんな気分)
ナニ?攪拌が足らん?ちゃんとやってるよ。メタリックなんか沈殿しまくりだからそんなん当然でしょ。あぁ?一色につき最低3分混ぜろ?ドアホウ無茶言ってんぢゃねぇ!10色以上使う色なんてザラにあるのに攪拌だけで30分かけろってのか仕事になるか。
塗料の攪拌なんぞ1Cもありゃ十分にしろいホント何様だ俺。

(注:ちなみにCとは基本的な攪拌時間の単位。1チェッチェッコリ。混ぜてる間、歌う。それくらいの時間ってこと)←良い子は信じない

 

 

つまり最も重要なのは最後の微調整なのである。
データ通りに調色した色を調色用シートに試し塗りして実車と比較し、その誤差を修正する。足りない色があれば添加する。
この時の誤差を見極める「目」と、追加が必要な色と量を決める「判断力」は、永くこの作業に従事してきた者にのみ神から与えられる特殊能力。塗装職人を「職人」たらしめる最後のファクターだ。
もっと言えば、「良い鈑金屋」とは良い調色が出来る塗装職人を抱えている鈑金屋」のことだと言っても過言ではない。

微調整は「足りない色を必要なだけ足す」というより、「足りてる色以外の全てをバランスよく足す」ことが重要だ。
キャンディーや3コートパールのように塗り重ねた回数が色に影響与える場合は当然それも考慮して、調色時の試し塗りと本番塗りの条件を一致させなければならない。

 

 

 

 

 

・・・まぁ、今回の百鬼夜号の場合。

ベースのホワイト(カラーコード:W09)はソリッドだし、後にエアブラシで殆ど隠れてしまうのでデータ通りテキトーに合わせたけどな。

さて、実際の塗装に関してだが・・・あえて詳しくは説明しない。

やってる行為そのものは単純なものなのだ。調色した塗料をストレーナで濾過してスプレーガンに入れ、塗装箇所以外の場所を新聞紙などでマスキングし、噴霧。そんだけ。
ただし、ガン運びのスピード・塗装面とガンの距離感・パターンの重ね方・折り返しでの手首のはらいなど動作の一つ一つが膨大かつ細かなノウハウの塊。とても簡単には説明できない。知ったとして素人さんに真似出来るものではないのだ。
肌艶を極限まで極めようと追求すれば垂れてしまう危険が伴う。コレだけはホント経験あるのみ。

「ボカシ」にもテクがいる。
新しく塗った塗装面と色が掛かってない旧塗膜の境界を判別できなくするために、もう一段階薄く希釈した塗料で馴染ませるように塗るのだ。これはベースはもちろんクリアでも行う。
このボカシ塗装は調色が100%カンペキなら必要ないかもしれないが、逆に言えばボカシのテクがカンペキならば調色が苦手でも誤魔化せるので、塗装屋には必須の技術なのだ。

 

 

 

ここまで聞けばわかると思うが、

塗装作業が一工程進む毎に、その範囲はどんどん広がっていく。

ここで覚えておいて欲しいのは、ぶつけた(破損した)面積が同じだからといって、同じ料金になるとは限らないということだ。
重要なのはその「場所」。鈑金箇所がパネルの端っこならば、クリアぼかしまでやっても塗装範囲がパネルの半分で済むこともある。しかし、鈑金箇所が同じ面積でも場所がパネルど真ん中だった場合――、当然作業範囲は両側へと拡がっていくので、結局パネルの90%に達してしまうかもしれない。だったらパネル丸々一枚塗った方が早い。料金は当然だ。

皆さんも、車をぶつける際には出来るだけ端っこに。(無理)

 


第八章
【ブラシ入ります】

 

ハイ、皆様大変永らくお待たせいたしました。( ホント長ェ〜よ)
こっからがメインイベントです。

今回の事故と、その補修作業によりお亡くなりになられた妖怪は全部で「白坊主」、「豆腐小僧」、「魍魎」、「おとろし」、「ひより坊」、「鬼」、「つらら女」、「ずんべら坊」の8体。

ダメージの少ない白坊主、豆腐小僧、ずんべら坊は復元するとして、残り5体はコレを機に新しい妖怪に入れ替えてしまおうというのが今回の企画。どうせなら日頃から当サイトを御愛顧くださっている皆様のリクエストに応えようと、サイトの掲示板とmixi日記上にて期間限定アンケートを行った。
ただ、個人的に「おとろし」だけはどうしても残したかったので、自己リクエストして復元決定。実質4体の募集である。

 

アンケートでは実に30体あまりのリクエストが集まった。御協力いただいた皆様に感謝。

ただその中には皆さんよく話を聞いてないのか百鬼夜号をよく見てないのか既に現役バリバリ活躍中の妖怪さんも多く、また「はっちー(お友達の猛獣です)「ニョーボー(ヨメのことです)など確かに妖怪にも負けん存在だがそんな事はケツが割れても言えないようなのが混じってて、どーすんのコレ。

他の妖怪とデザイン的にカブってるものを除き、なんとか絞り込んだノミネート妖怪は

「さとり」
「かんばり入道」
「口裂け女」
「いつまでん」
「くだん」
「白澤」
「蛤女房」
「八咫烏」
「家鳴」
「土蜘蛛」
――の、10体。・・・この中から4体?無理っ。そんなの絶対入らないっっ!!←?

 

 

 

さんざ悩んだ挙句・・・消えたのは首だけでなんとか助かってた「ずんべら坊」さんに、

今一度、正式にお亡くなりになって頂き、

(ひでぇ)

 

空きを5体に増やす。

 

そしてTACの独断と偏見により、断腸の思いで5体の新妖怪さんたちを決定いたしました!!

では、あらためてブラシ入りマース。

 

 

 

まず復元組の方々から。

 

「豆腐小僧」と「白坊主」を描く。
あと、新塗装で消えてしまった「狂骨」と「産女」のアタマの先端、そしてドアミラーの「卒塔婆小町」から伸びてるシッポも修復。

これで現時点における妖怪総数は94体なので、

残り 6体

(あぁ・・・懐かしいな、この感じ)


 

「加牟波理入道」を描く。
SYOさん、そくっちょさんのリクエスト。

これは「かんばりにゅうどう」と読む。トイレで踏ん張ってる人を後ろから「頑張れ頑張れ」と応援するという大変ありがたメイワクな妖怪だ。
見てくれはただの毛深いジジィなのに、何故かファンが多い謎の存在。そういえば京都版ゲゲゲの女房かなよさんもコレが一番好きだと言ってたな。
かつて「なんでよりによって加牟波理入道なの?」と聞いた時、彼女の答えは「怖くないから」だった。

――彼女、妖怪が好きなのに実は怖がりなのである。
なんでやねん。

 

 

 

続いて、「おとろし」を復元。

何故これを残したかったのかというと、消えてしまった妖怪の中で一番好きだったからだ。
「つらら女」とどちらを残そうか結構最後まで悩んだものだ。

 

 

残り 4体

 


 

「八咫烏 」を描く。

御存知サッカー日本代表チームがその胸に抱く紋章として描かれている3本足のカラス。
日本神話の中で、タカミムスビによって神武天皇の元に遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる伝説の霊獣である。

これは、やよいさんの旦那様リクエスト。
トリって実はあんまり描いてて楽しくないというか普段あまり描かないんだけど、彼にはパソコン関連でかなりお世話になっているし(仕事柄ソフト・ハード両面でかなり詳しく、現在メインで使ってるパソコンも実は彼からタダでもらったもの)、当時TVではワールドカップの話題で盛り上がっていたので応援のつもりで採用した。

無計画に描き始めてしまってから、このままだとレイアウト的に肝心の3本足がおとろしのアタマに隠れて見えなくなってしまう事が発覚し、無理矢理詰め込んだ感がある。

 

 

「白澤」を描く。
「はくたく」と読む。Cruiseの松さんリクエスト。

はるか昔、中国の東望山(湖西省)の沢に棲んでいたと言われる人語を解し森羅万象に精通する徳の高い聖獣。
古来より病魔除けとして信じられてきた。

松さんが結婚して新居を構えた際、その床の間に飾りたいということでこーゆーカタチで依頼してきたのを、TACが何の嫌がらせかこーゆーカタチで贈って大変迷惑がられたというエピソードも今や懐かしい。

ちなみに岐阜県各務原にある(株)エーザイの医学・薬学専門博物館「内藤記念くすり博物館」には、やたらとこの白澤の像が各所に鎮座している。ファンにはたまらないかと。

 

 

残り 2体

 


 

 

「土蜘蛛」を描く。
TACの従兄弟であるぼっくんのリクエスト。

TACとぼっくんは幼い頃から妖怪が好きだったが、同時に節足動物・・・とりわけクモがデザイン的に大好きだった。となればクモの姿をした妖怪は当然大好物なワケで、その中でもTACは「牛鬼」派、ぼっくんは「土蜘蛛」派を自称していた。百鬼夜号を完成させた時、なぜ土蜘蛛がいないのかと責められたものだ。(単純に忘れてただけ)

土蜘蛛は平安時代中期に京の都で源頼光らによって討伐されたことで知られ、「平家物語」の中にも登場する比較的メジャーな怪物だが、実は古代日本における天皇に恭順しない土着の豪傑らを指す蔑称として使われていたのがそもそもの始まり。
時代を経るに従い妖怪の姿で語られるようになり、そのまま定着したようだ。

でも、なんでコイツってばどの絵巻を見てもネコみたいな顔で描かれてんだろう・・・?

 

 

残り 

 


よくよく考えたら、この8体は一日でいっぺんに描いちゃったのでジラす必要なかったな・・・
いや、この感じ懐かしくてさ。もう10年前っす。

 

で、最後は「以津真天(イツマデン)
マイミクのゆちさんリクエスト。

『太平記』によると――建武元年(1334年)の疫病大流行で多数の死者が出た時、毎晩のように現われては死体のそばで「いつまでいつまで」と鳴き続けたという異形の怪鳥。
その姿は頭部が人間、曲がったクチバシに鋸のような歯が並び、蛇のような体には鋭い鉤爪と全長1丈6尺(約4.8メートル)にも及ぶ翼を備えていたという。

名前の由来となったその独特な鳴き声は、「死者をいつまで放っておくのか」という意味が込められており、そうして死んだ者たちの怨霊の化身だと言われている。
例によってその末路はどっかのエラい武者さんに弓で射落とされるワケだが、思うに彼は何も悪いコトしてないような気が。

 

昔の絵巻などに描かれている妖怪の多くは、体の立体的な構成などは殆ど無視されたテキトー描写だったりするが・・・鳥山石燕の画集に残っている以津真天の姿はその中でもとりわけよく判らないキメラである。ナニがドコにどう付いてるのかサッパリわからん。
エアブラシで描く以上はリアリティを出したいのだが、立体を想像できないだけにホント苦戦した。

 

 

 

 

まあ、そんなこんなでブラシ完了。
百鬼夜号の超部分的マイナーチェンジである。

あとはクリア塗装して、ポリッシングすれば完成だ。

 

 


第九章
【クリアの後は磨きで仕上げ】

 

クリアも、ベース塗装と基本やる事は同じ。硬化剤添加して、専用シンナーで希釈して、濾過して、ガンで吹く。
必要ならボカシ塗装もする。

これも2液反応なので後はほっとけば硬化するのだが、時間短縮のために強制乾燥(焼付け)をする。灯油を焚いて温風を噴射するジェットヒーターか、遠赤外線ヒーターを使う。部分的な塗装なら家庭用ドライヤーを使う事もある。

 

しかしココで注意が必要なのは、急激な加熱は厳禁だということ。

 

一般に、自動車塗装の「乾燥」とはシンナーの気化を意味する。
塗料はそれそのものは粘度が高いので塗り易くするため一時的にシンナーを混ぜるのだが、硬化・乾燥後の層にはシンナーは完全に蒸発して無くなっていなければならない。

自然乾燥でシンナーを完全に蒸発させるには多分3日くらいかかる。
そこで蒸発の速度を促進させるために加熱するわけだが、あまりに急激な乾燥をさせると蒸発の勢いで塗装面の肌が乱れるばかりか、内部のシンナーが完全に抜け切る前に表面が硬化してしまい、層の中に気泡というカタチで閉じ込めてしまう。
それはやがて「ピンホール」「ブリスター」と呼ばれる厄介なトラブルに繋がる。中の気泡が膨張して塗膜を突き破り、針の穴のような細かい点が無数に浮き上がるのだ。

それらを避けるために急加熱はもちろん、一度に分厚く塗料を吹き付けるのもNGである(シンナー抜けるのに時間かかるから)。塗膜は薄く何回にも分けて吹き付け、合間にエアーブローによるシンナー飛ばしが欠かせない。また、加熱する前にちょっとだけ自然乾燥させる「セッティング時間」を設けるのも大切だ。

 

・・・ちなみに余談だが。
クリアは上記のように仕上げとして最後に塗装するのが一般だが、ことエアブラシにおいては描画の途中に何度か吹くことがある。
これは「捨てクリア」と呼ばれ、ゲームでいうところの「セーブ」のような役割。作業の途中途中でクリアの層を挟む事により、以降の作業で万が一失敗した時の被害を最小限に食い止めることが出来るのだ。ブラシに使う塗料はシンナーでに溶けるので失敗した場合にすぐ拭き取れるが、完全に硬化したクリアはシンナーにも溶けないのでそれまでに描いた分は死守できる。
また、百鬼夜号のようにモノクロで最後まで一気に描いてしまうタイプの絵ならまだしも、何色も使って描く凝った絵は途中で何度もマスキングを貼ったり剥がしたりする。描いたばかりの絵の上にマスキングをすることはしっかり乾燥させた上であってもいろいろと危険が伴う。クリアで防護した上でなら、安心してマスキング作業できるわけだ。

 

 

 

 

さて、クリアが完全に乾燥したらいよいよ仕上げのポリッシング(磨き)である。

磨きは塗膜表面の肌を整える他に、ホコリ除去という大切な役割もある。いくら密閉されたブース内で塗装したとして、そこが地球上である限りどうしても空気中には微細なホコリが無数に漂っており、それが多少なりと塗ったばかりの塗膜表面に付着してしまうのは避けられない。

ホコリは硬化したクリアに埋め込まれているわけだから、まず物理的に削り落とすしかない。細かいサンドペーパーか、クリスタルブロックと呼ばれる小さな砥石のようなモノを使って軽く擦る。

・・・こりこり

ホコリを切削した場所は、当然表面に擦過傷が出来る。

しかしこの傷は、これからやるポリッシングで奇麗に消す事が出来る。
肌の調整ついでに一緒に磨き落としてしまえばいいのだ。

 

自動車の塗膜磨きにはコンパウンドというのを使う。
車用品店やホームセンターにも売っているから知ってる人も多いだろう。

ハンドクリームのような外見だが、これは非常に細かい粒子の集まり。つまり「磨き砂」というやつだ。
これで磨く事により、表面を軽く削り落とすことでクリアの肌を滑らかに均す。

コンパウンドにも「粗目」「極細目」「超微粒子」などの種類がある。
前者ほど粒子の目が大きく切削性が高いので、最初の傷消しや肌調整に使う。しかしよく削れる半面、今度はコンパウンドによる細かい磨き傷でクリアの輝きが曇ってしまう。
そこで順番にコンパウンドの目を細かくしていき、最後の仕上げに超微粒子で美しい光沢をもつ表面へと磨き込んでいくのだ。

ぶぃ〜ん

上の写真は、磨きに使うポリッシャーという器具。
バフというタオル生地のカバーを被せた先端のディスク部が高速で回転する。ウェスを使って手で磨くよりコンパウンドを均一に延ばせるので効率も良い。

ただ、回転の勢いで本体ごと持って行かれたり、磨き過ぎはクリアの厚みを減らしてしまうのでプレスラインやパネル端など圧力がかかりやすいところはアッという間にクリアを突き抜けてカラーベース層まで達してしまうなど、ポリッシャーの使用には熟練を要する。

 

 

 

こうして、晴れて完成と相成るのである。

以上で突貫の鈑金塗装講座終了。

キョーミない人には徹底的にキョーミ無い分野の話でしたが、永らくの間、お付き合いくださいまして感謝。 (次ページより通常営業に戻ります)

 

 

 

 

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