17日(日) 三たび、聖地へ
午前8時頃に蒜山を出る。もう目的地まではあと僅かだ。
マスターが予約してくれた米子のホテルの場所は確認出来てるし、先にチェックインしてホテルに荷物を置いておこうかとも考えたが、こんな早い時間ではまだ無理だろう。
境港の現地へ直行し、仕事道具だけでも先に下ろすことにする。一刻も早く、このシンナーのかほりから開放されたい。
マスターに電話すると、「もう少ししたらこちらも現地へ向かいますので、途中で落ち合いましょう」ということになる。
終点・米子ICから降り、境港へ続く431号線上で後ろから追いついてきたマスターの車と合流に成功。そのまま先導され水木ロードへ。
実に二年ぶりの聖地は、とてもいい天気だった。
これから一週間の、辛く暑い戦いを予感させるほどに。
現場に到着。
(同市松ヶ枝町)
JR境港駅から水木しげる記念館へと続くロードの中間地点。鬼太郎茶屋の隣。
観光客ターゲットの店としては、まずまずの一等地と言えるのではないか。
カノジョと共に、あらためてマスターと再会の挨拶を交わす。迎えに出てきてくれた入道さんも昨年の八日市以来一年ぶり
・・・二人ともお元気そうで何よりだ。
車からコンプレッサーと塗料の箱を下ろし、「準備中」と書かれた店舗の中に運び込む。
戦場
店舗内は、大工さんの仕事が終わったばかりの状態で混沌としていた。
奥に見える緑色の壁が、今回の任務でブラシを入れる場所だ。改めて見るとやはりデカいなぁ。
その対面にある円筒状に突き出た壁は、今後マスターと入道さんによって製作される予定の「巨木」のベースとなる。所々に開いている四角の窓は、裏からモニターやプラズマTVの画面をはめ込むらしい。
この一週間、彼らの作業もTACのブラシと同時進行だ。どちらも予定通りに完成なるか?
店内喫茶スペースの壁と入り口左脇の外壁には、つい前日ブロンズ入魂式を終えた水木センセがふと寄って描いていった直筆のイラストがある。
この御大直筆の絵と、同一店内に並ぶ事となる我が作品。恐れ多いにもホドがあるが、気合もまた入るというものだ。
バンを駐車場に入れ、(株)千年王国の事務所にお邪魔する。
事務所は店舗のすぐ近く、妖怪パンで有名な「神戸ベーカリー」の2階にある。「へ」の字に折れ曲がった商店街の頂点部分に位置し、端から端までロードを見渡せる良い場所だ。
クーラーが効いてて涼しい。入道さんが出してくれたアイスコーヒーでホッと一息。開店祝いに持って来た妖怪掛軸を一本寄贈する。
バイト先の昼休みの間だけブッキィも駆け付けてくれた。正確には昼食の「どん兵衛」のお湯を貰いに来ただけだが。
カノジョが浴衣に着替えてる間、入道さんと今後の予定について話す。
入道
「とりあえず今日のところはどうします?」
TAC
「ええ、まず記念館へお邪魔して作品のインスピレーションを高めようと思います。ブラシで描く妖怪のリストアップと、資料なんかも揃えないと」
・・・いそいそと自分の浴衣に着替えながら言っても説得力無しだ。(遊ぶ気マンマン)
ピンク色の浴衣でバッチシ決めたカノジョと、怪しい骸骨浴衣がイマイチ決まってないTAC。(帯の結び方がわからないのでテキトーに結んでいる)
マスターの「茶屋のお婆ちゃんたちなら結び方知ってるかも」という言葉を頼りに鬼太郎茶屋へ。
結局お婆ちゃんたちも知らなかったわけだが、あちこち電話して結べる人を捜してくれたり、腰紐くれたりと世話を焼いてくれた。感謝。
呼ばれて駆け付けてくれたのは履物の店「京久野」のオヤジさん。自分の店できちんと結びなおしてくれた上に、TACの細すぎるウェストの補整に借りたタオル帯まで貰ってしまった。大感謝。
本当になんていい人ばかりなんだ、この町は!
思わず買っちゃったよ草履。
日曜ということもあり、ロードは今日も観光客でいっぱいだ。カキ氷が旨い。
ここで偶然出会った悪来さん姉妹(前回の境港でも一緒だった二人)も加わって皆で昼食に行く。
大勢のカメラマンに囲まれてプロモ撮影中の神木少年を見かけたり、誰にも気付かれることなく一人自転車漕いでロード散策中の水木センセを見かけたり(マタギ並に風景に溶け込み過ぎです先生)、カメラ片手にマスターと入道さん大忙し。
その後、記念館へ。
「妖怪の間」「展示室」にて、明日から描く妖怪の候補を皆で挙げていく。リクエストには可能な限り応えるつもりである。
とりあえずこの段階で決めたのはがしゃどくろ(自分の趣味)、たんころりん(木の妖怪だから)、キジムナー(木に住む妖怪だから)、さがり(悪来さんリク)、ガラッパ(ビンボップさんリク)、油すまし(SYOさんリク)、烏天狗(はっちーリク)の7体。あえて「超メジャー」は外してある。あと、3〜4体はいけるかな?
よし、収穫はあった。
千年王国
事務所まで戻る。
事務所で妖怪図鑑のバイブル「妖鬼化(むじゃら)」を閲覧しながら、更に候補を追加する。
土転び(山の妖怪)、ぬっぺほふ(マスターリク)、呼子(入道さんリク?)・・・これで10体。あの面積でこの数は妥当なのか否か?
・・・実際描いてみて初めて判ることもあるだろう。必要に応じて追加していこう。
はい、今日のお仕事はココまで!←(ヌケヌケとよく言う)
心配せずとも明日からちゃんと描きますってば、ちゃんと。
悪来さんたちが帰るまでの間、事務所で虫の話に花が咲く。
ビンボップさん、苦手という割には自分から話を振って虫ネタ豊富な悪来さんに火をつけ、勝手に一人でキモがっている。実はソフトなマゾなのかもしれぬ。
ホテルにチェックインし、荷物を置く。
そのまま外出。
今夜は酒宴だ。ホテルからはマスターの職場(本業の方)も米子の歓楽街も近いので歩いていく。
メンツはTAC、カノジョ、マスター、入道さん・・・そして、仕事を終えたブッキィとLUNAちゃんも合流した。
入った店は、マスターらがつい先日行ったばかりという洋風居酒屋「It’s」。
乾杯〜〜!
楽しいひとときだった。
LUNAちゃんはずっと以前から知ってたし、なにより企画でやったプレゼントキャンペーンで「妖怪掛軸」の記念すべき第一号「煙羅煙羅(非公開)」をゲットした人なのだが、実は今回が初対面。背が高く、細身の美女だ。
そして噂に違わずよく飲む。(酒もタバコも)
彼女がちょっと飲み過ぎた時の様々な武勇伝を過去に何度か聞いていたので期待したが、今宵は壊れなかった。ちっ。
マスターも入道さんも話題が豊富だし、ブッキィも面白いし、なにより隣には浴衣姿のカノジョがいる。
本当に楽しかった。
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ホテルの部屋に戻ってからカノジョが、帯に付けていたお気に入りの根付けを失くしている事に気付く。気付くのオセェよ。
もう一度居酒屋まで戻り、店の人に落し物の確認をしてもらったが見つからず。とりあえず見つかったときの連絡先を告げて帰る。
さっき通った道を再びトレースしながら二人で地面を探索するが、結局どこにも落ちてなかった。残念無念。
シャワーを浴びてベッドに行くと、カノジョは酒が入ったせいかすっかり夢の世界の住人になっていた。
・・・電気を消す。
さあ、明日から本番だ。頑張るぞ!(なぜか静かに涙を流しながら)
18日(月) お仕事一日目
爽やかに目覚める。
カーテンの隙間から情け容赦ない朝陽が漏れている。今日も暑くなりそうだ。
カノジョも起きたようだ。
カノジョは今日の午後には飛行機で帰ってしまう。次に会えるのはいつだろう・・・せめて優しくと、声をかける。
TAC
「昨夜は根付け失くして残念だったね」
カノジョ
「思い出させんじゃねぇ」
・・・失敗。
マスターが車で迎えに来てくれた。
途中ファミレスに寄って遅い朝食を摂り、現場へ直行。
現場には既に入道さんが来ていた。程なくして今日はバイト休みのブッキィも来る。
店舗内は一応クーラーも設置済みなのだが、ブラシはシンナーなどの有機溶剤を使う作業のため通気性を優先しなければならない。
窓と裏口を開け、準備してもらった二基の扇風機を回す。これで少しは暑さもしのげるだろう。トリップも避けられるだろう。
ツナギに着替え、コンプレッサー作動。ハンドピースを構える。さあ、準備は整った。
マスターも入道さんも、そしてなによりカノジョも。
エアブラシの実作業をナマで見るのは初めてだろう。職人の仕事を見せてやるぜ!
ブラシ開始。
巨木と裏口の間に中途半端な幅の壁があるので、そこに丸々一体たんころりんを描くことにする。
鉛筆で軽くアタリをつけた後、まず輪郭から直接ブラッシング。
基本は緑を基調にしたモノクロ画なので最初は薄いグリーンで。
徐々に濃く、暗くしていき、影を描き込んでいく。
やはりモノがデカいだけにいつもと勝手が違う。
何度も後ろにさがってバランスを確認しながら進める。
昼食は彼女が買ってきてくれたパンを皆で食らう。
並行するマスターたちの仕事は、巨木の幹から根にかけての起伏を鉄網と新聞紙で型作っていく工程らしいが、なかなか難儀しているようだ。
奥行きを感じさせるために黄色などで中間色に深みを与える。
白でちょっとだけハイライトを入れ、たんころりん完成。
普段は巨木に隠れて目立たない場所だが、アナタがトイレに行こうと裏口に向かえばドンと目の前に現れて見送ってくれるだろう。
作業を見学に来た鬼太郎茶屋の荒木のおばあちゃんも「浮き上がって見える」と、大層気に入ってくれた御様子。
少しは惚れ直してくれたかとカノジョを振り返るといねェでやんの。LUNAちゃんの職場に遊びに行ってしまったようだ。トホ。
この時点で「やれやれ今日の仕事は終わった気分」全開。
でもまだ日が高いので、仕事を続ける事にする。
昨日に描く妖怪をリストアップしてたくらいだから、当然レイアウトや完成予想図なんてこれっぽっちも考えていない。基本はその場のノリ、行き当たりバッタリだ。
さて次は何を描こうか・・・と、考える間もなくコイツに決まった。
がしゃどくろ。TACのお気に入りで、百鬼夜号では一番最初に描いた妖怪。
この「千年の森」は、木々の間に妖怪の姿がチラホラと見え隠れしていればいいのだが、初めて見た人がまず最初に目を奪われるアクセント的な要素として、デカイやつを一体ドーーーンと配置したいと考えていた。(決してスペースを稼ぐ為ではない)
だったらコイツは外せないだろう。
脚立を使って、頭部から描き始める。
枝の隙間から顔を覗かせ、幹に手をかけているようにするため、手前の大木の形も鉛筆で大体決めておく。
デカイと確かに描きづらいが、細部にまで描き込めるという利点に気付く。
お気に入りだけに気合を入れた。少なくともがしゃどくろに関しては百鬼夜号よりもクオリティは高いはずだ。
入道さんが迎えに行き、カノジョが帰ってきた。
カノジョ
「はい、お土産」
カノジョがLUNAちゃんの職場(デパート)の本屋でわざわざ探し買ってきてくれたそれは「大人の浴衣」というムック。
TAC
「・・・・・・・・自分で帯を結べるようにしとけ、ってコトか」
カノジョ
「そゆコト☆」
精進します・・・せめて「貝の口」くらいは結べるように。
そして、あっという間に3時をまわり、そろそろカノジョが帰る時間だ。
仕事を中断して、米子空港まで皆で見送りに行く。
米子空港は割と近かったが、思ったほど時間に余裕も無く空港内で全力疾走。別れを惜しむ暇も無いほど慌しくカノジョは搭乗口の中へと消えていった。
・・・来てくれてありがとう。嬉しかったよ。
カノジョが帰ってからは物凄くテンション急降下だったのはココだけの秘密だが、とりあえずがしゃどくろの胴体部分を少し進めてから今日の仕事を切り上げることにした。
お疲れ様。まだまだ先は長い。
その夜はマスターの職場からすぐ近くのバーミヤンで夕食を摂った。
メンツはTAC、マスター、入道さん、ブッキィ、LUNAちゃん。
どうもマスターは以前名古屋で食った「味噌カツ」のクドさがトラウマになって、岐阜を含む中部県民はおしなべて何でもかんでも味噌付けて食うという大きな誤解をしているようだった。
しょうがないので「中部ではトーストにも味噌を塗る」「おにぎりの具に味噌を詰める」「味噌パフェや味噌プリンが存在する」「赤味噌がメインだが、白味噌もロゼ味噌もスパークリング味噌もある」と、デタラメを吹き込んでおいた。(後半はさすがにすぐバレたが)
その後は、マスターの会社「なび風呂(仮名)」にお邪魔させていただいた。
元は喫茶店だったのを改装したというその小さなオフィスは、昔の名残のカウンターがそのまま残って(ハイ、
たった今訂正が入りました。撤去されてたのをわざわざ自分で復元したそうです。そんなモンよりきちんと布団敷いて寝れる場所を作るべきだと思います)・・・そこにパソコンモニターが4台並んで作業場になっている。アヤしい。なるほど、だからマスターは「マスター」なのだな。(
それは違うと思う)
また部屋の中には巨大な塗り壁と一反もめんがドンと鎮座しており来訪者の度肝を抜く。とてもアヤしい。この二つは入道さんと二人ではるばる九州の某所から貰って来たというハリボテ(発泡スチロール製)で、「千年の森」が完成した暁にはオブジェとして置かれるそうな。なるほど!
・・・ちなみに「なび風呂」の前身は「なび計画」という社名だったという。
この「なび」というのは例えばナビゲーション(navigation)の略なのかな?と思って聞いてみたら、
実は、
「なんとかビンボウ脱出計画」の略だそうな。
笑った。
マスターのそのセンス、大好き。