19日(火) ハタチと180ヶ月
出張二日目の朝。そして、誕生日の朝。
昨日までは大好きだった「四捨五入」という言葉が今日から大嫌いになる予定です。
マスターのお迎えで現場へ。途中のコンビニで朝食のおにぎりと茶を買う。これが今後の朝の基本パターンとなる。
「今日は午前中、打ち合わせがあるんで」と、マスター。朝食をとって、すぐ出て行く。
そりゃ開店予定が8月アタマなら、今の時期が一番やる事だらけで忙しい時期だろう。
一人っきりで作業を開始する。ブラシは基本的に孤独な作業。問題は無い。
怒涛の如く、描き続ける。
とりあえずリクにあった油すまし、呼子、さがり、ぬっぺほふ、烏天狗のアタリはつけた。この時点で、自分にとって下描き線ってあまり意味が無いモノだということに気付く。大体の位置決めの目安にはなるが、その後はほとんど勢いに任せて描いているので線が全然ズレまくっているのだ。性格がよく出ている。やかましい。
マスター達はまだ帰ってこない。
黙々と描いていると、茶屋のシゲ子おばちゃんがやってきた。
「ねえ、ちょっとそこで観光協会の人に聞いたんだけどもさ。11時頃から妖怪神社の前で神木君のインタビューを撮るんだって。アンタ見ておいでよ」
・・・どこの土地でも、最速のネットワークを構築しているのはやはりオバちゃん達だった。
せっかくの親切だ。休憩も兼ねて見てこようか。
でも一応マスター達にも報せておこう。昨日ビデオカメラであれだけ神木君を追ってはその都度スタッフに追い返されていた彼らには朗報だろう。電話する。
マスター
『あ、そーなんだ。わかりました。あとで行きますわ〜』
・・・待てど暮らせど、マスター達は来ない。
しょうがないので作業を続けていると、シゲ子おばちゃん再度登場。
おばちゃん
「あれ、アンタまだココにいたの!早く行かないと終わっちゃうよ」
・・・どこまでも親切な方だ。
わかりました。行きますよ。行って参りますよ。
妖怪神社の前は撮影スタッフの人だかりだった。
ちょっと覗き込んでみると、マイクを持ったインタビュアーの女性とガマの頭をした妖怪の隣に、はにかんだ笑顔の神木君が見える。手にはUFOキャッチャーの景品のようなヌイグルミを抱いている。
あとでそれが映画の中で使われた妖怪「すねこすり」だったと知る。TAC減点100。
あ、そういえばまだ「ゲゲゲ」のノノさんに挨拶してなかった。
近くまで来たついでに寄っていこう。店内に入る。
ノノさん
「やあ、久しぶり。来てるとは聞いてたよ」
先客の女性がいたので挨拶だけして早々に退散したが、ノノさんも奥さんも元気そうで良かった。
歩道のベンチに座って、しばらく撮影現場を見学する。荒木のおばあちゃんも来ていた。
「去年の撮影始めの頃ココに来てた時と比べても、大きくなったわぁ。あれくらいの男の子ってホント成長早いなぁ・・・」
そうか、この場所でロケがあったあの時からもう一年なのか。
それにしても暑い。日差しが重い。汗が止まらん。
こんな日当たりの良い場所にツナギ着て座ってりゃ当たり前じゃい。
さっさと帰って仕事を続ける事にする。
マスター達はまだ帰ってこない。
もうとっくに正午をまわっているのだが、昼食どーすんのかしら。
「一緒に食べましょう」と言ってたから先に一人で食いに行くわけにもいくまいな。・・・仕事しよ。
キジムナーと土転びを追加。
木も増やし、一番奥の暗がりは大きいスプレーガンを使って黒で埋めていく。
一番手前の木々は最後に色を入れる予定なので、背後の木から先に陰影を加えていく。
この時点で自分でも随分早いペースなのではないかと思う。最終日くらいは遊べるかもしれぬ。
やっとこ帰ってきたマスター達も極端な進行ぶりに大層驚いていた。えっへん。
昼食にありつけたのは結局14時過ぎだった。
近くの喫茶店で焼きそば定食などを食す。ここでは千年王国社長の高橋さんと、アドバイザーとして関与している黒目さんも同席した。
入道さん
「実は今日、TACさんの誕生日なんですよ」
高橋さん
「あ、そーなの。じゃあ今夜お祝いしましょう。ね、そうしましょうよ」
黒目さん
「うん。いいね。やろうやろう」
・・・皆さん、とても光栄でありがたいんですけど。
ホントに30過ぎのヤローの誕生日なんか祝いたいと心から思ってます?
無理しないでくださいホントに。気持ちだけで十分ですから。
ガラッパのアタリをつけたところで今日の仕事はここまでにする。
これで昨日候補に挙げた妖怪は全部描いてしまったことになる。追加分を考えないと。
終わりがけにブッキィとLUNAちゃんが来る。彼らも今夜の誕生会に参加してくれるのだ。
ブッキィが絵を見て一言、
「・・・このヒト、絶対アタマおかしい・・・」
・・・一応、褒めてんだよな?それ。
さあ後片付けして、今夜も飲むぞ!
「たんじょーび、おめでとー」「かんぱーーーーい!」
古い日本家屋風の居酒屋「稲田屋」の座敷テーブルで、7つのグラスがカチ鳴る。
メンツはTAC、マスター、入道さん、黒目さん、高橋さん、ブッキィ、LUNAちゃん。みんな、ありがとう。いくつになっても誕生日を祝ってくれる人がいるのは本当に嬉しい・・・たとえそれが平均年齢45歳超・キレイどころがLUNAちゃん一人だけというこの状況でも。
ブッキィとLUNAちゃんから、今日二人が遊びに行った先で買ってきたいくつかの土産(交通安全のお守り・なんか使うのがとても恥ずかしい手ぬぐい・何に使ったらいいのかさっぱり判らんタツノオトシゴの干物など)を誕生日プレゼントとして頂いた。またTACの部屋にアヤシい貰いモンが増えた。
美味しい酒と料理に舌鼓を打ちながら、いろんな興味深い話を聞けた。
特に後半は高橋さんの独演場だった。このヒト本当にオモロイ。酒のラベルや耳掻きなどいろんないらんモンの異常なまでの収集家であり、その凄まじい数のコレクションがTVで取り上げられた事もあるという。
とにかく詳しい。彼にとって、「妖怪」もまたそのマニアな趣味の一つなのだ。
はい、ココでちょっと他所では聞けない水木ロードの誕生秘話を。
全国各地の商店街の例に漏れず衰退の一途を辿っていた境港を、「妖怪の町・水木しげるロード」として活性化させた立役者は御存知の黒目氏である。(当時、市会議員であったらしい)
しかし、その影の功労者として忘れてならないのがこの高橋さんなのである。彼なくして、「妖怪」の町の誕生はありえなかった。
そもそも町興しの一環として「ロード両脇にブロンズ像を並べる」という計画は以前からあったらしい。しかし当初は妖怪ではなく、境港の名産品や史跡、その他”所縁のあるもの”を模ったブロンズ像を作る予定だった。
やがてブロンズ像にする「モチーフ」の案がいくつかイラストでリストアップされる。「梨」や「マグロ」や「漁船の船長さん」等々・・・そしてその中に一つだけ、他と比べて明らかに異質なものが混ざっていた。
それは長い髪と恐ろしい顔の半魚人のような人魚のような不思議な生物が、岩の上に腰掛けて魚を喰らっている姿・・・「海女房」である。
もともと妖怪マニアで、地元があの水木しげる先生の生誕地である事を知っていた高橋さんが、ほとんど個人的趣味で候補に入れていたものだった。
黒目さん
「なんだ、コレは」
高橋さん
「海女房です。妖怪ですよ」
黒目さん
「妖怪?」
高橋さん
「ゲゲゲの鬼太郎の水木しげる先生は御存知でしょう?先生は実は境港出身なんですよ」
黒目さん
「それだ・・・それだよタカハシ!それで行こう!!」
高橋さん
「は?」
黒目さん
「全部、妖怪のブロンズ像にしてしまえばいいじゃないか!”水木しげる生誕の地・妖怪に会える町・・・境港”・・・これだ!」
高橋さん
「く・・・黒目さんっ!やりましょう!それ、やりましょうっっ!!」
黒目さん
「じゃ、とりあえずコレは僕のアイデアということで」
高橋さん
「な・・・なんだってーーーーーっっ!!」
・・・という「マ○ジンミ○テリー」ばりの(どこがやねん)展開があったかどうかは定かでないが(あるワケねーだろ)、兎にも角にもこうして「妖怪の町・水木しげるロード計画」は発動したのである。
全ての始まりは「海女房」だった。そして、この超マイナーな妖怪を何故か愛してやまなかった高橋さんの知られざる功績だったのだ。
その後、お開きになってから黒目さんと高橋さんは夜の街に消えていった。
残りのメンツで「なび風呂」にお邪魔し、ワインとワインケーキを肴に3台のパソコン使って「お誕生日チャット大会」をやった。福山のはっちー、mayちゃん、SYOさんらが参加し、盛況だった。
入室者7名中4名が隣に座ってるというこの状況は変といえば確かにヘンだったが。
今宵もLUNAちゃんはよく飲んだ。でも壊れなかった。
みんな、幸せな夜をありがとう!!
明日からまた仕事頑張れます。
20日(水) お婆ちゃんと倉ぼっこ
出張三日目。
今日もいい天気。暑くなりそうだ。
ぬっぷほふ・烏天狗・ガラッパを描いた正面の壁に、あと2、3体追加する事にする。
「右側の壁がちょっとグロ系に偏ってる気がするから、カワイイ系を足しましょう」というマスター。カワイイ系は描いてて楽しくないので自分でイイのが思い浮かばない。マスターと入道さんに決めてもらおう。
入道さん
「死神106号とかどうです?」
・・・・・カワイくないと思う。(でも黙っておく事にする)
マスター
「あとは・・・百目にしよう。この奥の暗がりにボンヤリと」
・・・・・絶対カワイくないと思う。(でも黙っておく事にする)(むしろ描きてぇ)
そこへ荒木のおばあちゃん登場。
マスター
「あ、ちょうど良かった。おばあちゃん好きな妖怪って何?今ならリクエストに答えてくれるよ」
おばあちゃん
「わたしゃ、倉ぼっこが好きだ」
即答だった。
なんでも妖怪茶屋の真ん前に立ってるブロンズ像がその「倉ぼっこ」らしい。
また、ブロンズが設置されて最初に茶屋にやって来た水木先生がこう言ったという。
「ほう、イイのが来たねえ。この倉ぼっこは”福の神”みたいなもんだから、きっとこの店にも福が来るよ」
それ以来、倉ぼっこはおばあちゃんのお気に入りなのだ。
なるほど。それなら是非描かせて頂こう。森の妖怪とは言い難いが。
・・・とりあえずこれで正面の壁も埋まった。
マスター、百目を見て今更ながら自分の間違いに気付く。
「うわぁ。カワイイ系を足すつもりが、コイツめちゃくちゃコワイやん」
何と勘違いしてたのかしらんが、百目をカワイイという人は多分いないと思う。
しかも暗闇にボンヤリと浮かび上がってるので更に不気味さ倍増だ。(もちろん確信犯です)
午後。
一方、マスターたちの仕事は相変わらず難航しているようだった。
予定では、巨木の”幹”作りは「新聞紙と金網で成形」→「漆喰を塗る」→「エクセルテックス(水性アクリルゴム塗膜)を塗る」→「色を塗る」という多くの段階を経る。もちろん天井には枝や蔦も作る必要がある。
この時点ではまだ「成形」段階なので、順調に進んでいるTACの仕事と比べると極端に差がついてるように見える。
時々見学に来るシゲ子おばちゃんも「TACさんの方は随分進んでるのに、アンタら本当に仕事やってんの?」と、なかなか辛辣だ。
「暑いやろ?冷たい抹茶あるからウチに休憩においで」
シゲ子おばちゃんにナンパされた。お言葉に甘えて鬼太郎茶屋へお邪魔する。たまには休憩も必要だ。
美味しい抹茶とお菓子を御馳走になりながら、おばちゃんといろんな話をした。
シゲ子おばちゃんは本当に何でも思ったことをバンバン言う人で、話していて気持ちがいい。
「カノジョ、北海道の人なの?ダメダメ。きっとすぐフラれるよ、アンタ」
思ったことバンバン言い過ぎですオバちゃん・・・(T_T)
「二人でこっちに住みな。いいトコでしょ?境港」
出来るモンならやりたいわぁ!!←(長男)
そろそろ仕事に戻ろうと代金払おうとしたら、突っぱねられた。
おばちゃん
「いらんいらん。いつでも飲みに来たらエエから」
TAC
「いや、そーゆーワケには。また来ますからちゃんと払わせてくださいよ」
おばちゃん
「いらんって。マスターも黒目さんたちもお金払ったこと無いよ?」
TAC
「うぞっ!そうなんですか?」
おばちゃん
「茶どころか、御飯まで食べてくこともあるわ」
TAC
「いや、でもボクは余所者なんで。そんな甘えるわけには」
おばちゃん
「何言ってんの!一週間もいるんだからもう身内みたいなモンでしょ!」
・・・お・・・おばちゃん。
大好き。
黒目さんのお気に入りということで、べとべとさん追加。
とりあえず妖怪はこれくらいでいいだろう。全ての壁面が埋まった。
ここまでこれば、もはや先は見えたようなものだ。
明日からはいわゆる「描き込み」の段階に入る。一番手前の木に色を入れ、後ろの木々や妖怪には更に陰影を重ねて奥行きを出していけばいい。期限には間に合いそうだな。
「あ、倉ぼっこ。杖持ってる手が逆だ」
荒木のおばあちゃんにさっそくバレた。実はレイアウトの都合上、水木画の倉ぼっこを左右反転させて描いた為、杖を持ってる手も当然逆になってしまったのだ。
「・・・まあ、何百年も持ってりゃ手も疲れるだろうて、持ち替えることもあるわな」
ありがとう、おばあちゃん。ナイスフォロー!
・・・今日のお仕事はココまで。
今夜もどっかで飲む予定。
でもその前にTACの希望で、実はデザイナーであるブッキィのアトリエを見学に行く。
納屋の2階を改造した、なかなかカッコイイ仕事場だった。なんか憎い。
ブッキィ
「あの・・・ウチのおふくろが今、初鰹のイイのが入ったって言ってるんで、良かったら食っていってください」
前言撤回。なんてイイ人ばかりなんだ境港って!(単純)
これから食事に行く予定だったが、大変ありがたい申し出なので御言葉に甘えて座敷にお邪魔する。
ブッキィのお母さんが出してくれたカツオの刺身はメチャクチャ旨かった。御馳走様でした!
程なくして仕事から帰ってきたLUNAちゃんと合流し、居酒屋「安喜吉」に行く。
「映画における”コレを言ったら必ず死ぬセリフ”」とか「元祖”裸にエプロン”といったらやはりムーミンママだろ」という至極どーでもいい話に花が咲いた。
また確認したところ、マスターは鬼太郎茶屋にメニューが存在していた事すら知らなかったことが発覚。
今宵もLUNAちゃんはよく飲んだ。でも壊れなかった。
米子の夜は、かくも平和に更けていくのである。