第十三章 「ガキのいる生活」

 

 

ある朝、目が覚めてふと隣を見たら――ヨメが布団の上に正座しメッカに向かって礼拝していた。
両手を前方に伸ばし、深々と額を地に付け微動だにしない。文句のつけようがない頂礼である。

ヨメが敬虔なイスラム教信者だったとは今までずっと知らなかったので、そのまましばらく固まるTAC。

 

 

 

やがてそれがただ寝起きに背筋を伸ばしているだけだと気付き、とりあえず後頭部に踵落としを与えておきました。
TACです。



さて、後ろ髪引かれるどころか脊髄を引き抜かれるような気持ちで岐阜に帰ってきた。

出産直後は母も子も絶対安静であるからして、まだしばらくは北海道にいなければならない。予定では、4月の美濃祭りには間に合うように帰ってくるつもりのようだ。
それまでの2ヶ月弱は、TACさんナナお預け。うわあぁあぁ。
当面の生きる糧は、北海道でアホほど撮って来たメモリーカードいっぱいのデジカメ写真と、ヨメがたまに送ってくれる携帯写真である。

・・・ところでヨメよ。君の携帯カメラ、数年前からレンズにヒビが入ったままのよーだがいい加減に修理せんか。君が送ってくる写真、どれもこれもレンズ内に混入したゴミがド真ん中に写り込んでナナが千昌夫になってるぞ。

 

とりあえずこれらの写真全てはPCの同一フォルダに格納。スクリーンセーバー「マイピクチャスライドショー」の指定フォルダに設定してある。
ここ数日のTACさん、スクリーンセーバーが起動中のPCには一切触れません。
鼻の下伸ばして目を潤ませて、堪能するまで娘のスライドショーを延々タレ流し。

 

 

御満悦★

「この表情なんかイイなぁ〜。
どことなくガッツ石松に似てね?」

お風呂上りは寒いよぅ〜

「こりゃまた不細工なショットだな!(笑)
オデコの産毛がシワに見えるからエラい老け顔じゃんか。
・・・んーと、そうだ。松尾伴内に似てるわ!」

お、オッパイくださいっ!

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!なんじゃこの顔!!
すっげー切羽詰ってるよ
ぎゃははははははサイコー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・女の子なのに・・・・・・千昌夫・・・・・・
ガッツ石松・・・・・・・松尾伴内・・・・・・

 

・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

ウチの娘、実はブサイクなんぢゃね?
(ちょっとだけ冷静になってきた親バカTAC)

 

いや、ちゃんと可愛い写真もあるってばさ。



生殺しのよーな日々が過ぎ行き、3月。向こうではヨメの雛人形を出して雛祭りもきちんとお祝いしたようだ。
一方こちらはというと、 日々送られてくるナナの千昌夫写真に齧り付く毎日。ああナナ可愛いよナナ。

ヨメからのメールによると、一応母子ともに健康。まあ、普段からよく食べるヨメの健康はあまり心配していない。
ただナナは他の赤ちゃんに比べてもちょっと痩せてるような気がするので少し心配である。実際平均よりは小さいらしい。

TAC
『ちゃんと乳飲んでんの?
ヨメ
『一生懸命吸ってはいるんだけどね・・・なかなか出ないから途中で力尽きて寝ちゃうの
TAC
『おいおい』
ヨメ
『夜は泣きもせずにグッスリ寝てるんだけどなー・・・って思ってたら、実はグッタリしてただけみたい』
TAC
『こらこらこら!』

とにかく赤ちゃんはこの時期に飢えさせてはいけない。
ナナがお腹いっぱいになるよう、粉ミルクの導入も視野に入れて今一度対応策を考えるように伝えるが、ヨメはどうしても100%母乳に拘っている様だった。

・・・まあ、そのためにヨメは相変わらず乳製品・肉・卵の摂取を絶っているわけだし、出が悪いゆえ乳が張った時の痛みにも必死に耐えている。意志は尊重してあげたい。
「俺が吸い出してやろうか」という申し出は丁重にしかしハッキリと断られた。何故だ。当たり前だ。

 

 

送られてくる小さな写真を見る限りでも、ナナが日々成長しているのはよく判る。
顔も日々変わっていくのでどちらに似ているかと言われると正直わからん。まあ隣のオッサンとかに似てなければいい。気付いた点を挙げていくと、

目がデカい→TAC似
毛深い→ヨメ似
華奢→TAC似
便秘気味→ヨメ似
眉間に皺寄せた時の顔→TAC似
冷え性→ヨメ似

 

 

・・・・・・・。

 

 

 

なんか似なくてもいいところばかりピックアップして受け継いでるような気がする。

 

とりあえず「色白」なところだけはヨメに似てくれて本当に良かったと思っている。
 

 

 

 

 

 

ちなみに4月はTACが迎えに行く予定なのだが、帰りは家族3人フェリーで帰る予定。フェリーはもうエエっちゅーに。

赤ちゃんは基本生後一週間を超えていれば飛行機に乗せても問題ないのだが、個室が取れるフェリーの方が他の客に迷惑をかけなくて済むし、苫小牧発の太平洋フェリーなら行程に一日半かかるが名古屋港に着けるので、両親に車で迎えに来てもらうのにも都合がいい。

なにより、赤ちゃんの前頭部にある五百円玉くらいの大きさの柔らかい部分気圧でペッコンパッコンするのも気分的になんかヤなのでフェリーにした。

 



4月第一週の金曜日夕刻。蝦夷へと発つ。

仕事を中抜けしなければならなかったが、今日ばかりはオヤジもオフクロも大変快く送り出してくれた。つか、薄気味悪いほどに機嫌が良い。
そりゃそーだ。今回の土産は、待ちに待った可愛いなのだから。

 

 

 

 

2ヶ月ぶりのナナは、目に見えて可愛く育っていた。よく笑いよく泣く。
前髪がなぜかホリゾンタルに一直線なので、なんだか鈴カステラみたいだ。

 

 

←鈴カステラ
 

相変わらず小柄ではあるが、小さいなりに体重の増え方も順調であるとのこと。ヨメの努力の賜物であろう。

 

ええ、そりゃあもう舐めるよーに可愛がってます。つか実際ナメまわしてます。2ヶ月もお預けくらったんですからブランクを取り返す勢いでナメまわしてます。文句あるかっ。
TACは、ナナの「生涯で最も多くキスされた相手」になる気マンマンなので、将来の恋人やダンナさんが追いつけないように今から数で引き離しておく必要があるのだ。文句あるかっっ!!

 

 

 

 

 

 

翌日(5日)夕刻。
苫小牧港フェリー埠頭まではヨメの御両親に送ってもらう。

彼らにとっては生まれる前からずっと一緒に過ごしてきた初孫。さぞ別れが辛いだろうけどスンマセン、こいつだけはお譲りするわけにはいきませんです。
いつでも岐阜に会いにきてください。お世話になりました!!

PM7:00に出航。翌々日の朝、名古屋港まで一日半の船旅である。

太平洋フェリーきたかみ船内

 

2年前、ミズ・マープルに声をかけられたあの時と同じ席に座り、あの時と同じ海を眺めながら――
腕の中で眠る愛娘に目を細める船上の午後。

 

・・・もう俺は、あの時とは違う。
先方の両親に挨拶に行く前の緊張でガチガチだった、あの時のTACとは違うのだ。

結婚して一国一城の主となった。(2LDKの城だが)
そして子も授かり、今や一国一の主だ。

 

いつまでもバカやってちゃいけない。子の模範となるべき立派な大人にならなくちゃいけない。
もう床屋でケープの上に切り落とされた毛を股間に三角形に集めて「陰毛★」とかやってちゃいけない。(←それは独身でもやるな)

この子を命懸けで守る!
岐阜に帰ったら、俺たち三人で幸せな家庭を築くんだ・・・。

 

 

 

 

・・・フラグ立ちまくりだけど、沈まずに早く着いてくれよフェリー。お願い。(小心)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名古屋港ではろくろ首のよーに首を伸ばした両親が迎えに来てくれていた。
今まで写真でしか見られなかった初内孫と感動のナマ対面。顔がほころびっぱなしである。
これがアンタらの可愛い孫だ。これからヨロシク頼むぜ。お年玉とかいろいろな。

 

 

あらためて明日から家族3人、ガキのいる生活が始まる。
岐阜にようこそナナ。ここが君の故郷となる土地だよ。

 


【赤ちゃんの匂い】

赤ん坊には、汗やら乳やら涎やら様々なものが混じりあった独特の匂いがある。
縦抱きすると、ちょうど自分の鼻の高さに赤ん坊の頭がくるのでその匂いをモロに嗅ぐことになる。

子供嫌いな人にとって、その匂いはかなり鼻を突く異臭であろう。

 

 

でも親にとっては、これがなかなか常習性のある香りでして。

匂いフェチ夫婦


時々奪い合うように嗅ぎまくってます。

これはアレだ、コタツの中でカマしてしまった自分の屁を「うわっくせ!」とか言いながらつい何度も嗅いでしまうあの心理に似ている。(それはオマエだけやろ)

 

 

 

 

朝、起き抜けの一発にシャネルのナナ番を胸いっぱいにチャージして、今日もTACは仕事に出掛ける。

 


【ナナ泣く】

赤ちゃんは泣くのが仕事である、と判っているつもりだったが。
実際ホントよく泣く。

ナナは外面がイイというか――他人に対しても割と愛嬌ふりまく方だが、当然腹が減ったりすれば大泣きする。この場合は伝家の宝刀「オッパイ」でとりあえず黙らせる。
(ちなみにオシメではあまり泣かない。グッショリ濡れてても意に介さず快適に過ごしているので教えてくれない。布オムツの意味ねぇし

・・・だが、寝る前のグズりタイムは結構厄介である。
オッパイでもオシメでもないのだから、何をやってもなかなか泣き止んでくれない。
とにかく寝付くまでは歌を歌ったり、抱いて揺すってあやしたりと必死である。

この場合、絶対条件としてまず立ってないとダメなのである。
せっかく寝ても、抱いている人が腰を下ろすとまたすぐ起きて泣いてしまう。
赤ん坊には、cm単位で感知する恐ろしく高感度な「高度センサー」が付いているとしか思えない。

寝始めたナナを布団に寝かせようとする。
しかしここでも細心の注意を要する。

とにかく高度の変化を気付かれないようにまず中腰→片膝付く→正座→そのまま前傾・・・と、ゆっくりゆっくり下ろしていく。
もちろん体が離れたり傾斜角度が変わったりしてもすぐ気付かれるので、布団への着地が無事完了するギリギリまで上半身は密着させたままの状態を維持する。
かなり腰にクる姿勢だ。

 

 

 

 

なんとか布団に着地。しかし・・・

 

 

実はココからが最大の難関。

首の後ろに回している左腕を如何に上手く抜くか。
これこそ「子供寝かせ学」永遠のテーマと言っていいだろう。

右手でナナの頭を少し持ち上げ、ゆっくりゆーっくり・・・寝ている女のパンティを1分に1mmづつズリ下げて脱がす稲中の田中になったような気分で慎重に左腕を引き抜いていくのだが、大抵最後の5cmくらいを残した辺りで失敗する。
ナナ大泣き。そしてふりだしへ戻る。(泣)

 

 

頼む。
誰かこーゆーの(↓)開発してくれ。

 

 

 

 

最近のナナは、抱かれて寝るとき「相手の服を摘まんだまま寝る」という小技を覚えた。
布団に下ろそうとしても、その手が外れると泣くというシステムだ。

防犯ブザーのストラップか。

 


【ナナ笑う】

ナナはよく泣くが、ついでによく笑う。
ホントいい顔で笑う。

我ら大人が笑う時、往々にしてそこには”知識”が伴う。
今のボケがなぜ面白いのか、を知識として知っていなければ笑えないからだ。

その点、知識が伴ってない赤ちゃんの笑いとはなんだろう。
「なんとなーく幸せ」――そんな雰囲気だけで嬉しくて笑っているのだとしたら、それはなんと純粋な笑顔であろうか。
見ているこちらも幸せになってくる。

ナナはTACと目を合わせただけでニッコリと笑ってくれる。すっげー嬉しい。

 

 

で、TACはナナを笑わせるために日々いろいろと試行錯誤を繰り返してるわけだが、いくつかのパターンが見えてきた。
基本的に、ナナはどうやら最近の「お笑いネタ」が好きなようだ。(ホントかよ)

 

 

 

『ナナ男爵』

 

あと他にも、ナナの付く数字とナナの倍数だけアホになる「世界のナナアツ」もかなりお気に入りだ。
これのおかげでTACも昔から苦手だった九九の七の段がカンペキになった。

 

うん、他にもっと大切な事が世の中にいっぱいあることもよく判ってる。

 


 

 

 

 

 

 

――そういえば先日。

 

デジカメのメモリーに撮り貯めしっぱなしのナナの写真を確認するため液晶画面で一枚づつ再生していたら、その中に2枚ほどヨメの顔のドアップが出てきた。

その顔がまたスゴイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百年の恋も冷める顔2連発。

 

思わずその場でつんのめりそうになった。
いや、実際つんのめって少しだけ泣いた。

 

 

聞くところによると、どうやら喉の奥に刺さった魚の骨(またかよ)を確認しようとして、鏡ではうまく見えなかったのでとりあえずデジカメで口内撮影してみた時のものを後で消去し忘れていたらしい。

 

らしいっちゃらしいが・・・こんな地雷のよーなネタ要らんわっ。

 

 

 

 

 

 

 

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